白銀のしなやかな長い髪。
閉じた瞳には長いまつ毛。
細く伸びた肢体。
人とは思えないほどの透き通った白い肌。

ここのマンションに住んで5年は経ったと思う。
近所にも慣れ親しんだし、毎日は平穏に過ぎていた。
いつものように仕事から帰った僕は、マンションの片隅でとんでもないモノを見つけてしまった。
人が倒れているのである。
ビルとビルの間、気にも留めなければ見過ごしてしまいそうな暗い路地に確かに人が倒れて居るのである。
それも女の子!
「見つけてしまったからにはほっとく訳にはいかないよなぁ…。」
近寄って見てみると、かなり整った顔立ちをしている。
まだ10代くらいの少女だ。
「人形じゃあ…、ないな…。」
触れると確かに暖かい。
血の通った人間だ。
「君!しっかり!」
頬を2、3回軽く叩いても反応は無い。
「…。まいったな…。ここに置いておく訳にもいかないし…。」
「うちに…来るかい?」
……。
返事はない、当たり前だ。
「女の子を都会の寒空に置いておくなんて出来ないし…、しかたないか。」
少女を抱き上げ立ち上がった時、何か軽いものが落ちる音がした。
ふと下を見ると手のひら大のノートが落ちている。
「この子のものだよな…。何か書いてあるかも…。」
拾い上げ、パラパラとページをめくって見る。
ノートには何やら名前と思わしきものが何人か書き記してあった。
しかし字が崩れてて何とか名前が読める程度だった。
ノートも結構な年季物で少なくとも少女のデータはそろってなさそうだった。
「手掛かりはなし…か。」
ノートをポケットにしまい込み、自分の部屋へ帰るべくマンションに向かった。



部屋に入り、靴を脱ぐ。
今日はいつもと違って2人分の靴を並べる。
先ほどマンションの路地で拾ってきた少女の分と自分の分。
少女の靴をよく見ると歩いて磨り減ったような跡があり結構な年期物だ。
「家出…じゃないよなぁ…。」
荷物ひとつ持っている様子もない。
着ている服装を見てもいたって普通、むしろ裕福な感じを受ける。
ノースリーブでレースの付いたかわいらしい洋服に、太もものあたりからスリットの入ったロングスカート。
膝上まである靴下を履いている。
「…。とりあえず寝かせよう…。」
少女を抱きかかえ、ベッドへ寝かせる。
「はぁ、起きる様子ぜんぜんないなぁ…。」
目を硬く閉じままピクリとも動かない。
温もりは感じるので死んで居るわけでは無いようだ。
そっと頬に触れる…。
何度見ても人形の様な整った顔立ち。
長い白銀の髪は痛んだ様子もなくサラサラである。
透き通った白い肌に映える赤い唇。
それに抱きかかえた時に重さはほとんど感じなかった。
今まで付き合ってきた女の子ととても同じ人間とは思えない。
「妙な拾い物をしたもんだ。」

常人より遅い時間に夕飯を食べ、片手間にパソコンでメールチェックをする。
仕事柄、メールは1日に何通も来る。
ひとつひとつ確認をし、あるものには返信を送る。
そんな作業を何度も繰り返すうちに日が変わってしまった。
それから風呂に入り、部屋をさっと片付ける。
不規則な生活はいつもの事なのでこれと言って変わったことは無い。
あるとしたら寝室で寝ている見慣れない少女の事だけである。
明日(といってももう今日なのだが)は珍しく仕事が休みなのでゆっくり寝ていられるはずだった。
しかし寝室のベッドにはさきほどの少女が占領して寝ている。
「目覚めた時に知らない男が隣に居るってのもなぁ…。」
だけど、たまの休みくらい自分のベッドで悠々と眠りたい。
「うーん…。」
少女は目覚める様子もなく固く瞳を閉じたままピクリともしない。
「そうか、警察に届けたら良かったのか…。」
今頃気付いてももう遅い。
「ま、いいか。」
どちらかと言うと一人で布団で眠るより、人心地があったほうが落ち着いて眠れる性格なので違和感は感じない。
隣には見知らぬ少女、気にも留めず僕は深い眠りへと落ちていった。


目が覚めると時計は12時をまわっていた。
「寝すぎたか…。」
頭をガシガシと書きながらぼーっと時計を見る。
「おはようございます。」
「ぬお?!」
ふとかけられた言葉に驚きを隠せず叫ぶ。
「朝食の用意が出来ていますが、食事をとりますか?」
気にもとめず淡々と少女の口から言葉がこぼれる。
「あー…。そうか、昨日…。」
ぼーっと昨夜の記憶を思い出す。
何から少女に聞けばいいのか思い巡らし悩んでいると
「食事はとられないのですか?朝食を抜くというのは健康によくは無いですよ?」
あくまでも淡々と話し掛けてくる。
「わかった、とりあえず食事をとろう、そして君にいろいろ聞かせてもらおう。」
自分に言い聞かせる様に少女へ伝える。
心はすでにぐんにょりだ。

一人用の狭いテーブルにお袋の味を彷彿とさせるメニューが並ぶ。
炊き立てのごはんに味噌汁、焼き魚に一品料理と隙のない品目。
「これ、君が作ったの?」
こんなに材料が冷蔵庫にあったかな?と一瞬頭を駆け巡る。
「ふつつかながら、一宿の恩として用意させてもらいました。」
深深と礼をする。
その瞬間ふわっといい香りが鼻につく。
昨日は気づかなかったがこの子からいい香りがする。
決してしつこく香る訳ではなくあくまでもおしとやかに香る。
朝からいい気分に食事をとるのは久しぶりだ。
「久しぶりだなぁ…こんな朝は。」
しかもどの料理もおいしい。じーんと感動を噛み締める。
今までの食生活が遠くに感じる。
「お口に合いましたか?」
「もちろん!すごくおいしいよ!君は料理人でもやっていたのかい?」
そう思うくらいおいしい料理をほおばる。
「料理人ではありませんが、前に台所を預かり暮らしたことはあります。」
なんだか懐かしそうにこぼす言葉が気になる。
「君は食べないのかい?おかず足りなかったなら…」
「私はもういただきました。」
言いかけたところでぴしゃりと言葉が降ってくる。
「そ、そう…。…?」

「さて、おいしくいただきました。ご馳走さまです。」
きれいに食べ終わり、ひと呼吸する。
「何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」
すかさず質問を投げかけてくる。
「というか、寝起きでうやむやになってしまったけど君は今この状態に疑問を思わないのか…?」
「疑問はたくさんありますが、寝所を貸して頂いた恩は返さなければと思いまして。」
淡々と言葉を並べる少女が食器を片付け始める。
「ああ、片付けは僕がやるよ。君は一応お客様だからね。」
「見知らぬお客様を抱いて眠るのが趣味なのですか?」
無表情からなげられたセリフに重い石がのしかかる。
「悪かったよ、なんだか人心地があると懐かしくなってしまってね…。」
少女から食器を受け取りながら謝る。
少女の表情はまだ無表情のままだ、というより彼女のこの表情意外の顔を見たことがない。
笑うんだろうか…などとかんがえながら食器をシンクへ運ぶ。
少女が後を着いてきた。
「ああ、リビングでゆっくりしていて。」
「ですが…。」
「気にせず座ってて、礼なら朝食で十分だよ」
少女の顔を見ると目が金色に輝いていることに気づく。
目を見つめていると吸い込まれそうになる気がした。
「私の顔に何か…?」
はっと気づき茶碗を洗うのに手を動かす。
頭の中では、日本人には見えないし異国の人ではよくあるものなのか?いや金の目ってあるのか?などとかが駆け巡る。
「僕が用意するからゆっくり座ってていいよ。」
上ずった声で少女に指示をする。
すると少女はその場に座ってしまった。
茶碗を洗いを一旦止め、少女を見る。
床に座り込みじっと僕の顔を見ている。
瞳の金色がまぶしく見える。
「えーと…」
とにかくこんなところでくつろがれても困る。
「こっちに来てもらえるかな?」
リビングに招き、ソファーに座らせる。
「今飲み物を持ってくるから、コーヒーでいい?」
「はい…。」
返事を聞きキッチンへと戻り、食器を片付けコーヒーを2人分入れる。
それをもってリビングへとむかった。


「とりあえず、最初から話をしよう。君の名前は?昨日はどうして道端で倒れていたの?」
コーヒーを置きながら一番の謎を問い掛ける。
「それは…、自己紹介が遅れたことはお詫びします。私の名前は綺羅。昨日は久しぶりに目覚めたのもあってなかなか獲物が見つからなくって。
適当に歩いてたら気が遠くなってしまって…。ですが朝、新鮮な血をいただいたのでもう大丈夫です。」
初めて少女が少し微笑んだが、なにやら聞き逃せない言葉がたくさん聞こえた。
「は?血?獲物??」
「はい。私は死人(しびと)ですから。体は死んでいるのですが、不思議なことにこうやって生きている。
いえ、心臓が動いてないので生きているとは言えないかもしれませんが…。私はこの体になってから何百年も生きている。
他人の血を糧に…。そう、吸血鬼といえばはやいでしょうか。」
「ちょ、ちょっと待った!吸血鬼!?おもしろい冗談だけど笑えないよ!」
少女が真顔で説明した話についていけそうもない。
ぶっとんだ考え過ぎて耳を疑ってしまう。
貴重な休みだというのに子供の冗談に付き合うはめになるとは先が思いやられる…というかこの子電波系?流行ってるんだろうか?
いや、でも朝食はおいしかった。
「信じてもらえないのはあたりまえです。そういう反応にも慣れました。」
そういってすっと立ち上がる。
机の上のハサミを持つといきなり自分の手に突き刺した。
「ちょっ!何してるの君!」
「平気です、見ていてください。」
と刺さったハサミをずるりと抜く。
血がパタタと下に落ちる。
「大変だ!はやく病院…に…?!」
手をとると傷口がグチュグブと沸騰したように動き、たちまち傷がふさがり細胞が細かく動くように跡形もなく消えてしまった。
「な…。」
何事といいたかったが開いた口が閉じることなくぼーぜんと今起こったことをぐるぐると考える。
「わかりましたか?私は死ねないのです。悠久のような時を生き、時には眠り、時代の途中途中で少しの生を感じているのです。不老不死と言えばわかりますか?」
とにかく話がぶっとび過ぎて信じられない。
とりあえず理解できたのは傷口がすぐふさがるという脅威な事実だ。
「不老不死って…。漫画じゃないんだから…。傷はまぁ…不思議だが、大人をからかうもんじゃない。家はどこなの?昨日はなぜあんなところに倒れていたんだい?」
さっきも聞いた気がするがもう一度少女に問いかけてみた。
「信じてもらえないのはいつもの事だしあきらめるしかないみたいですね。ちょっと前に家に住ませて貰ったけど、この能力に怯えてしまったみたいで…今は家は無いわ。
いつも適当に人を誘ってホテルに泊まっているもの。昨日倒れてたのはさっきも言ったとおり血が足りなくなって気を失っただけ。その問題も今朝解決したわ。貴方の血をいただいたの。ご馳走様。」
少女が豹変し、不敵に笑う。
「お、俺の血を…?!」
首筋に手をあててみるが傷らしきものはみつからない。
「ああ、心配しなくていいですよ。漫画みたいに貴方も吸血鬼になるわけではないから。少し貧血になるかもしれないけど。」
フフフとにこやかに笑うがその笑顔がなんだが怖い。
「ありがとう、いろいろとお世話になりました。」
少女は立ち上がり数歩歩いて振り返る。
「そうだわ、私の近くで猫を見なかった?灰色の猫。尻尾は長くて丸顔の・・・。」
「え?い、いや・・・。」
「そう・・・。どこへいったのかしら。」
顔を傾げながら玄関の方へと歩いていく。
見送りたい気持ちはあったがさっきの言葉が頭のなかを回っていて身動き取れなかった。
遠くでドアが閉まる音がする。
「な。何だったんだ…?俺は夢を見てたのか?」
しかし部屋にはあの香りがまだ残っていた。
しつこくなく香る…そうそれはまるでFragranceのように。






UWAAAAA!!!
なんか恥ずかしいです!やはり小説ってのは絵を展示するより恥ずかしいです。
TOP絵綺羅ちゃんの話です。
連載できたらなーと思ってます。多分鈍行列車でしょうが。
助けた男の人の名前が出てませんが一応名前あります。鳥羽宗人(とばむねひと)です。
平安の第74代天皇と同じ名前です(漢字は恐れ多いのでちょっと変えましたが)。

これからどんな展開になるのか未知数です。
構想はあるのですがうまく書く文才がないのでどうにも・・・。(つдT)
プロローグを読むと名前から多少今後が推理できますね。
BGMは Gackt / Fragrance ですがまだしっくりはこないと思います。