全てが消え失せても私だけはここに残る。
全てが変わっても私だけは変わらない。
何十年、何百年時が経とうとも私は変わらずここに居る。
妖怪、物の怪と蔑まれ私は時を亘っていく。
あの日の思いを胸に。



都からそう遠くないところに農業を営む集落があった。
母は私が生まれたときに死んだ。
父も病弱だったがそんな二人の間に生まれた私は綺羅と名付けられ三国一の宝石と謳われた。
貧しくも田を耕し二人で慎ましやかな生活を送った。
いつしか噂が都の帝の耳に届き私は後宮に召し上げられた。
父を置いて村を去るのは心苦しかった。
しかし私が行く事で薬湯が買える、いい暮らしを約束すると言われ私は父の元を去った。
後宮では信じられない生活が待っていた。
女官が身の回りの世話をしてくれる生活。
美しさを競い綺麗な着物、綺麗な帯、調度品の数々、キラキラと過ぎ去る日々。
漆黒の髪に朱の唇。金の冠に煌びやかな着物。
他人がどう美しく着飾っても帝の寵愛は私だけのものだった。

冬の朝、いつもより寒い中火鉢が部屋へ運び込まれ、行事の支度に女官が忙しそうに駆け抜ける。
「綺羅、きてごらん」
帝に呼ばれ縁側へと進み出ると庭に雀が数羽、米をつついていた。
「まぁ、かわいらしゅうございます」
「私は雀が好きだ。丸々とした体もさながら美しい声で鳴く姿が愛しい。朝、雀の声が無いと寂しいと思わないかえ?」
「はい、朝は雀の声が無いと寂しゅうございます。」
穏やかな時間が流れる。
若く勇ましい帝。私だけを愛してくれた。
「まぁ、綺羅さま、帝!この様な所では風邪を引いてしまいます!さ、はよう中へ・・・。」
「帝!この様な場所におられましたか!朝議の時間ですぞ。」
「右大臣!まだ早いじゃないか、綺羅との時間を邪魔するでない!」
「クスクス、いってらっしゃいませ。綺羅はどこにもいきませぬ。帝のお帰りをお待ちしております。」
幸せだった。

ある日病に倒れた私へと国中から薬が集められた。
医者、薬師、呪い師。
誰も私の病を治せなかった。
「寵愛を一身に受ける綺羅を憎み誰かが毒を盛った」
噂が流れた。
そこへ一人の薬師が来た。
どんな病も治す不治の薬があるという。
薬は熱湯が通うように体中へ駆け巡った。
そうして私は死んだ。
この日私の人生は終わり、また始まった。
屍と化した私を嘆き、帝は薬師を殺した。
「私の薬は嘘ではない。死人となって生まれ変わるのだ。人の生き血を糧に生きるだろう。」
そう言い残し薬師は煙となって消えたという。
騒ぎのなか私は目覚めた。
体が重い。のどが渇く。
女官が私の顔を覗き込んでいた。
その白く眩しい首元が私を呼んでいた。
そうして初めて私は血を飲んだ。
腕の中で白く冷たくなった女官を抱きとめ周りからの悲鳴で我に返った。
「そんなばかな!確かに死んでいたはずだ!」
「綺羅さまが!」
雑踏の中、帝が私を抱きとめ歓喜の声を上げた。
「綺羅、病魔を退けたか!」
帝の喜びを他所に周りの人は未だ騒ぎが収まらない。
「女官は死んでいる・・・!」
「薬師の言うことが本当だったのか?」
「綺羅さまの美しい髪が…!瞳が月色に・・・。」
「この香りは・・・?どこから香ってるの?」
ハラリと腕に掛かる髪は漆黒ではなく白銀になっていた。
そしてふわっと香りが部屋に充満した。
「何をしている!物の怪だ!」
刀を抜く武官を止めに入ったのは帝だった。
そこから私の地獄は始まった。



姿が変わっても私は後宮に居た。
本来なら殺人を犯した私は死罪に値するが帝の厳命により永遠の軟禁に処された。
部屋は前とは変わり離れに一人、御付の女官は減りたった二人が世話をしてくれた。
いつも女官は怯えていて腫れ物に触るかのように扱われるのが苦痛だった。
帝は前にもまして私のところに通ってくださった。
私の血の衝動を満たすために捨て子や難民が私の元へ送られてきた。
心苦しかった、こんな体になったのを呪って生きた。
帝が望むままに生きた。
この姿になってから私の時間は止まった。不老なのである。
皆が老いていくなか私だけは昔のままに美しく宝玉のようにあった。
そうして数十年がたち私の糧となった人々の墓が幾百と建った。
この数十年で民を何百人も手にかけ血をうけて生きた。
城下町では物の怪の噂もたったし陰陽師が私のもとへきたこともあった。
そんなある日、何人もの武官が私のもとへ集まった。
「綺羅殿、もはやそなたの存在を許すわけにはいかぬ。」
一歩進み出て刀を抜いたのは若い武官だった。
「六の君の仇、いま受け取るがいい!」
「そう、あの少女の縁の方なのね。」
刀を前にしてるというのに少しも怖くはなかった。
平然と向かい立つ私に怖気づいたのか、武官は動かず立っていた。
後ろの御簾から帝がゆっくりと私のとなりに立ち並んだ。
「なんと無礼な。私の命を背き刀を向けるか。」
私とは対象的に老いた帝が武官と睨み合う。
「帝!貴方も同罪ですぞ!こんな化け物をいつまで飼うつもりだ!」
建物のあちらこちらを人がざわめく。
政治的背景で私の元へとくる人は少なくない。
六の君もそうだったのだろう。

「ええい!うるさい!誰かおらぬか!」
「無駄です、もうだれも貴方に付いていきませぬ!」
刀が走った。

目の前が紅く染まる。

「あ・・・!」
千切れた体を優しく抱きとめる。
さっきまでの瞳の力強さは色褪せて。
「綺羅・・・。グフッ、そのような姿にした私を恨んでいるだろう。だがどんな姿になろうとお前を愛した私を許してくれ。
お前を置いて老いていく私を許してくれ。お前を置いて死んでいく私を許してくれ…。」
辺りを血に染めながら命の火が消えていく。
「そのような事をおっしゃらないでください。私は…きっとこうなる運命だったのでしょう。」
「綺羅、名前で呼んでくれ。最期の願いを聞いてくれないか。」
「…。宗人さま。」
「私を名前で呼ぶのは後にも先にもお前だけだ。いつかきっとお前に会いにいく。人の御霊は転生するという。
何度でも生まれ変わりお前の元へきっと辿り着いてみせよう。さぁ、お前の唇で終らせておくれ。」
そういって静かに目を閉じた。
「宗人さま!」
力強く抱きしめてももう暖かさは戻ってこない。
ならば私が永遠の眠りを与えよう。
この腕の中で安らぎを、静かな夢を。
唇をしわだらけの首筋へ、命を、消して。

「化け物め!次はお前だ!」
刀が振り下ろされる。
痛みが走る、だけどこの感じは何?
「な、うわあああああ!!」
少女の体は傷口が膨らみ皮膚が沸騰するように巻き戻っていく。
「わ、たしは・・・。」
「斬っても死なぬだと・・・っ!化け物め!」
痛みが止みやがて元の感覚を取り戻す。
「火を放て!焼き尽くしてしまうのだ!」
人とは変わり果てた姿でも人として死ねると思っていた。
だけど私はそれ以上に変わり果てていた。
もう人には戻れない。
涙が流れる、この世界で許されて生きることはもうできない。
亡骸を腕に抱きかかえ炎が周りを焼きこがす。
痛みは麻痺して体を焼く炎を見つめる。
傷口は何度も再生し何度も焼け焦げる。
音を立てて思い出が朽ちていく。
周りは炎につつまれ、焼け焦げながら。
私は亡骸を抱きしめただ泣き叫ぶしかできなかった。





エピローグを短く作ろうと思ったのですが思いの他長くなってしまいました。
また短期で書いたので校正や微調整がうまくいかずちょっとダラダラした感じになってないかと不安です。
ひたすら同じ曲を聴きながら作業しました。
BGMは Gackt / Noesis です。おもいっきりリンクすると思います。意識して書いたので。
かけなかったのも多くてほんとはこの後、父に会いに行ったりする予定も入ってたのですがばっさり切りました。
挿絵は少し逃げました(汗
アップにして十二単を簡単に…。カラー版をギャラリにUPしときます。
千代紙をトーン化させて着物にしてみました。
どうしても黒髪だったころの綺羅さんを書きたくて!